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・講演「創立記念総会・講演会」 2012.4.6 平和の文化東京ユネスコクラブ

創立記念講演会(2012.4.6

[岡田茂会長の挨拶]

平和の文化東京ユネスコクラブは、2012326日に設立し、4月6日に創立記念講演会を開催しました。この講演の要旨を小冊子にしましたのでお届けします。当クラブでは、民間ユネスコ運動に関連する講演会、勉強会、サロンなどを実施していく予定です。 折々にご案内いたしますので、ぜひご参加ください。
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(以下、杉田 敦さん(
日本政治学会理事長・法政大学教授)と野口 昇さん (日本ユネスコ協会連盟理事長・文京学院大学教授)の来賓講演  
 
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「ユネスコの過去・未来」

   講師:野口 昇さん (日本ユネスコ協会連盟理事長・文京学院大学教授)

   UNESCOは国連の専門機関であるが、他の専門機関と違う幾つかの特徴がある。

  第一に活動が、教育・科学・文化と極めて広範囲にわたる点。これがユネスコの強みでもあり悩ましい点でもある。第二に、政府間機関であるが、政府間のみではない性格がある。発足時のロンドンでの亡命政権文部大臣会議以来、政府の代表のみでなく知識人、文化人なども参加していた。初期には執行委員会は18名で、政府代表と個人の両方が資格を持ち氏名のABC順に席に着いていた。私は日本政府代表の加川大使の代理でしばしばその席に座ったことがある。その後英米の脱退などがあり、政府の代表のみの執行委員会となった。第三に、UNESCOの本部をパリに置くことに関して、創設時に英仏の政府間で対立があり、5年間の限定でパリを本部とし5年後に見直すことになっていたがそのまま現在に至っている。この事情で、UNESCO憲章の原本はロンドンにある。UNESCOに加盟する場合はロンドンでこの原本にサインをする必要がある。第四に、UNESCOの加盟各国には国内委員会の設置を奨励していることもある。

  日本との関係では、UNESCOの前身、国際連盟の知的協力委員会(1922) の代表幹事新渡戸稲造さん以来の関係がある。第二次大戦後の日本の加盟につては、1951年当時はまだ日本は敗戦国で平和条約が結ばれず主権国家でない状態だったにもかかわらず加盟を承認された。最近のパレスチナの加盟の問題も、国連の安保理ではなくUNESCOが先に加盟を認めた点で日本の加盟のことが思い出される。

  次に平和の切り口について世界遺産条約のことを取り上げてみたい。第一に、ユネスコの世界遺産条約は文化財の保護と環境保全とを一体的に扱う。第二に、World Heritage の概念を初めて定着させ Outstanding Universal Value として公認した。こうした価値の評価の点では、各国の間に文化に関する偏狭なナショナリズムの対立があり、高句麗古墳、エルサレムの旧市街とその城壁群、広島原爆ドームなどの例がある。

 以下に文化ナショナリズムが色濃く出ている関係各国のかかわりの例をいくつか述べる。

  カンボジア アンコール遺跡群の他、タイ国境のプレア・ヴィヒア寺院遺跡は2008年世界遺産に登録されたが、タイとカンボジアの領土をめぐる紛争となっている。北朝鮮高句麗古墳群は、中国東北部の高句麗前期の遺跡と同時登録された。日本のキトラ古墳、高松塚古墳などに大きな影響を与え、東アジアの文化交流を如実に語るものであるが、同じようなものであれば二国にまたがるものは一つとして登録されるべき。しかし高句麗古墳は別々のものとして二国で登録されている。古都エルサレムにはユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった三大一神教の聖地がある。ヨルダンが申請し、当時のムボー事務局長の時代、世界遺産として登録されたが、パレスチナ問題にひっかかっている。広島原爆ドームは1996年に登録された。その際アメリカは退席し反対声明を出した。アメリカと日本は同盟国だが戦争にまつわる経緯が欠落していると、アメリカは表明。

  さて、昨年のユネスコ総会でパレスチナのユネスコ加盟は賛成多数で可決され、加盟が実現したが、日本は棄権した。オバマ大統領がカイロ大学での演説で「私はキリスト教徒、ケニヤにいる父親はイスラム教徒。文化の対立を避けなければならない。」と云ったが、この政権下にあっても分担金凍結の現状では人権擁護などにも支障をきたすのではないか。なお、1974年第18回ユネスコ総会でイスラエルの聖地エルサレム発掘がアラブを刺激してイスラエル非難決議。イスラエルはヨーロッパに属したい。これを拒否した。アメリカが反発し分担金を凍結。2年連続し凍結すると投票権を失う。アメリカは今回のパレスチナ問題で今後どうするか。

  最近の動きとしては、ブルガリアから初めての女性事務局長イリナ・ボコバさんが選ばれた。今年3月来日し平泉で世界遺産登録証書を授与し、国内委などで演説された。東北大学での講演で日本の民間ユネスコ運動に触れて、UNESCOは1945年に誕生したが、1947年に仙台でもう一度再生した、と述べて日本での世界最初の民間運動の誕生を高く評価された。

 平和の文化に関しては、マィヨール事務局長の時代に提起されたものでユネスコ憲章の内容を述べたものですが、「国連の10年」を終えてUNESCOのホームページで報告が出ています。次のアクションプランは青少年と婦人をターゲットにしたものです。

 <当日配布資料>

 UNESCOの特徴、世界遺産と文化ナショナリズム、最近の動き、平和の文化を目指して」「ユネスコの概要」

Culture of Peace and Non-Violence

Address of Irina Bokova : Director-General of UNESCO to the General Assembly of the Japanese National Commission for UNESCO

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「平和とは何か~3・11以後の日本から考える」

 講師:杉田 敦さん

 (日本政治学会理事長、法政大学教授 )

  私は、政治哲学、政治理論が専門。この平和の文化東京ユネスコクラブの城戸副会長の教え子です。

昨年の3・11は8・15や9・11と同じように、時代を画する標識となるであろう。平和とは、まずは戦争のない状態であるが、それだけでなく人権・自由など生活の安全を失うことのない状態、即ち人間の安全保障が大切である。3・11以降、被災地を中心に人間の安全保障が問題になっている。日本のユネスコ協会の海外への取り組みを生かす機会だ。

多くの日本人は人権・安全の喪失は他国の問題と考えていた。しかし、3・11で緊急事態の片鱗が見えた。首都圏でもさまざまな災害の潜在的なリスクがある。また原発事故については、原因さえ未確定であり、収拾には10年単位で時間がかかる。

3・11はもちろん戦争とは異なるが、平和の問題をとらえるきっかけとなる。天災に加え、人災の側面があり、防災計画や安全対策など、人為的な問題点があった。戦争のような悪意が介在しているわけではないが、背景に社会的矛盾があったのではないか。

この一年で思ったほどの変化はない。福島の問題は多少安定したが、不安定な部分もある。原発の再稼働の是非が問題となっているが、これは大きな現象の象徴にすぎない。3・11以前のやり方、つまり社会システムをそのまま再稼働しようとする動きがある。これでは大きな失敗から教訓を得たとは言えない。

  神話的なものの噴出

戦前の日本では、日本は神の国だから負けない、といった神話がふりまかれた。戦後日本では原発について、日本だけは絶対安全だから外国なみの対策は不要との神話。かつて、丸山眞男、久野収らは、天皇機関説をめぐって、官僚らは「密教」としてそれを知っていたのに国民向けに「顕教」として神話をふりまいた結果、神話によって復讐されたとした。原発について、これと同じようなことが起こった。チェルノブイリの教訓も無視された。また日本には「言霊(ことだま)信仰」があり、縁起でもないことは言わない、言えない。こうした呪術的な心性の結果として、リスクが指摘されず、安全対策がおろそかになったとしたら問題。一方で、安全神話と対になるものとして、すべてを危険と見なす危険神話も出てきかねな

いので注意が必要であるが。

不安をなくすには情報を隠すのでなく、むしろ情報を出すことが必要である。専門家でもグレー

の領域がある。こうした問題は情報を出して冷静に判断すること。情報を出すと人々は安心する。神話的な態度でなく、情報の公開を。

  難民問題

原発事故発生直後、ロシアでは日本からの難民発生を想定し、シベリアに受け容れるとの大統領発言も。実際に、数十万人単位で、国内で避難民が発生している。難民問題は外国の出来事でなく、日本の国内問題となっている。市野川容孝によれば、難民とは、戻りたくない人、戻れない人だけでなく、現場に止まらざるを得なくて困っている人も含む。多様な被害に想像力をもつと共に、リスクについての判断がグレーな現状においては、苦境にある当事者個人の判断を尊重すべきである。

地域間格差

3・11で、日本社会のイビツさがあらわれた。原発の設置された地域は過疎地であり産業のないところ。沖縄の基地問題も同じであり、東京、大都会は利益を享受、リスクを一部の地方に負担させるという、犠牲と受益の関係である。これに対し、他に選択肢がない、開発手段がない、という意見もある。必要なのは、これまでの地域政策を抜本的に考え直し、新たな選択肢を提起することである。

政策決定をめぐる問題

官庁の規制のシステムは現状のままで良いのか。エネルギー事業について、同一官庁が規制と推進を担うといった問題があった。しかし、それだけではなく、原子力安全委員会のような第三者機関も十分に機能しなかった。第三者委員会は必ずしも第三者ではない。インサイダーとなってしまっている。また、個別の専門家に全体を判断する資格があるのか。たとえば再稼働の是非を誰が決めるのか、政治家と専門家がどう役割分担すべきか等の問題が噴出している。

原発のような、国民の生活を大きく左右する重大な問題については、国民的議論が必要。3・11を人間の安全保障との関係でとらえることが求められています。

 <当日配布資料>

311の政治学 ~震災・原発事故のあぶり出したもの」

杉田 敦著

(かわさき市民アカデミー講座ブックレット33) 定価500+

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